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【第123回】みちびと紀行~日光街道を往く(徳次郎~今市) みちびと紀行 【第123回】

並木道を歩き続ける写真並木道を歩き続ける

日光へと続く並木道を歩き続ける。
東北自動車道をくぐり、日光街道18番目の宿場町・「徳次郎」宿に入った。

徳次郎町の町名が変更?の写真徳次郎町の町名が変更?

「祝・町名変更」
街道沿いに掲げられた横断幕を見て、この町の正しい呼び名を知った。
この地は「徳次郎(とくじら) 」というのだ。
どういう経緯があったか知らないが、昭和29年(1954)、この町が宇都宮市に編入された際、呼び名を「とくじろう」と改められてしまったらしい。
それでも地元の人は、先祖伝来の呼び方を続け、ついに令和2年(2020)5月、地元自治会が読み方を「とくじら」に変更するよう市に要望し、翌年3月に、66年ぶりで正式に元の呼称に戻った。
代々親しんでいた土地の呼び名を、ある時点でしれっと変更していたのかと思うとゾっとする。

徳次郎宿の本陣跡の写真徳次郎宿の本陣跡

もともとこのあたりは奈良時代から続く久次良(くじら)一族が住んだ土地で、その痕跡は二荒山の南麓に「久次良町」の地名で今も残る。
徳次郎は、この久次良町の外辺に当たることで「外久次良(とくじら)」と呼称され、いつしか「徳次郎」の字を当て始めたらしい。
何代にもわたってこの地で暮らした一族の名を含む由緒ある地名なのだ。
一時期絶たれた伝統が再びつながった。

初秋の風景の写真初秋の風景

時刻は正午過ぎ。中華料理屋で腹を満たし、再び歩き出す。
辺りはすっかり初秋の里山の風景になった。
抜けるような青空の下、色づいた実をぶら下げた柿の木がすっくと立っている。

智賀都神社に参拝の写真智賀都神社に参拝

やがて街道脇に、久次良一族が日光二荒山神社を遷して祭ったという「智賀都神社」が現れた。
参道の入り口には、樹高40mの二本のケヤキの巨樹。
推定樹齢700年というから、この木が植えられたのは鎌倉時代末期のことだ。
かつてここは「刀鍛冶の里」で、室町・戦国時代にかけて刀匠たちが住んでいたというから、彼らもこの神社に参拝し、身を清め、名刀を作り続けていたのだろう。

宝木用水を散策の写真宝木用水を散策

智賀都神社を参拝したあとは少し寄り道して、神社のわきを流れる「宝木用水」をたどり、上流の「二宮堰」を目指して歩いていく。
そう、この用水路は二宮尊徳ゆかりのもので、僕は尊徳ファンなのだ。

参照:【東北復幸漫歩第2回】みちびと紀行~相馬街道を往く

宝木用水は尊徳が設計し、その門人・吉良八郎の監督によって安政2年(1855)に着工した。
その後尊徳の死でいったん工事が中断したが、吉良が事業を引継ぎ、安政6年(1859)に完成する。
長年水を得られず苦しんでいた宝木地区に、ようやく水の恵みがもたらされた。
ここに来る前に寄り道した、同地区にある「若竹の杜」の若山農場も、水を得たことでさらに作物の選択肢が増え、事業の幅も広がったはずだ。

参照:【第122回】みちびと紀行

散歩中の男性に案内していただく写真散歩中の男性に案内していただく

用水路に沿って歩いていると、地元の初老の男性が前を歩いていた。
二宮堰まで行くのだと声をかけると、わかりにくいので案内してくれるという。この道は彼の散歩コースなのだそうだ。
あとについて進んでいくと、やがて男性が左前方の草むらを指し示した。
「あれがそうだよ。わかりにくいけど」
茂みの中の清水が、鏡のようにきらきらと光っていた。

草むらの中にあった二宮堰の写真草むらの中にあった二宮堰

尊徳が指南した財政再建・農村復興策は、「報徳仕法」と呼ばれ、彼が70歳で人生を閉じるまで、東日本を中心に600の村々で展開された。
ここは、その尊徳最後の事業が行われた場所なのだ。
「じゃあ」と、案内してくれた男性が去っていく。
僕はひとりその場に残り、尊徳の人生に思いを馳せていた。

年配のご夫婦に出会った写真年配のご夫婦に出会った

日光街道に戻り、再び並木道を歩いていく。
前方を歩くリュックを背負った年輩の男女が目に入ってきた。
追いついて、どこまで行くのかと声を掛けると、今日のゴールを定めているわけではないらしい。
「もう歳ですからね。無理をせずのんびり歩いて、『今日はここまで』と思ったところでバスをつかまえて帰るんです」
さすが人生の大先輩。その語り口に品格のある余裕が感じられる。
おっしゃる通り。あくまでも自身と向き合いながら歩いていけばよいのだ。
先ほどから傾き始めた太陽が気になっていた僕は、自身の余裕の無さを勝手に反省した。
もっと旅を楽しまなくては。

石那田堰へと向かう写真石那田堰へと向かう
石那田堰のあたりの写真石那田堰のあたり
二宮金次郎像の写真二宮金次郎像

もうひとつの二宮尊徳の事業遺跡、「石那田堰」の案内柱が見えてきた。
彼らと別れ、100mほど離れたその場所へと寄り道する。
石那田堰は、先に訪れた二宮堰に先行し、嘉永5年(1852)に完成した。
けれど、この堰から続く水路によって引かれた水は、徳次郎地区を潤しただけで、さらに遠くの宝木台地までは達しなかった。
そこで宝木の人々が自分たちで資金を集め、二宮・吉良コンビの指導によって実現させたものが、先に訪れた宝木用水だということだ。
こつこつと、できるところ、やりやすいところから始めるのが二宮尊徳の流儀。
徳次郎地区での事業の成果を間近に見て、宝木の人々も、大いに勢いづき、率先して資金集めや労働提供を行ったにちがいない。

ここでりんごを買った写真ここでりんごを買った

再び日光街道に戻り進んでいくと、りんご農家の直売所が見えてきた。
陽光、しなのスイート、秋映の品種が並んでいる。美味そうだ。
「歩いてるの?」
店をのぞき込むとおばさんが即座に声を掛けてきた。
かくかくしかじかで、今市までの道中で食べたいので、りんごをひとつだけ買いたいのだけれど……
「おーい、1個だって。ちょうどいいのある?」
しばらくして店の奥からもう一人のおばさんと一緒にりんごを二つもって出てきた。
「はい、これね。150円。おいしいよ。もうひとつはおまけ。そのままかじれるように洗っといたから。歯は丈夫そうだから丸ごとでもいいやって話してたのよ。ハハハ。気をつけてねー」
しばらく行ったところでさっそくかぶりつく。
うーん、美味い。
かじったりんごを眺めて、健康な歯に感謝した。

うまい!の写真うまい!

美しい道の写真美しい道

たわわに実ったりんごの写真たわわに実ったりんご
お願い地蔵の写真お願い地蔵
日が傾いてきた写真日が傾いてきた

日が傾いてきた。
風景が 黄金色に照らされていく。

この道や 行く人なしに 秋の暮れ

芭蕉の晩年の句をつぶやいてみたら、寂しくなった。

並木寄進碑の写真並木寄進碑

いよいよ本格的な杉並木が始まった。
これまでの杉がかわいく思えるほど、いっそう高く太い。
杉並木は、この日光街道のほかに、今市宿でつながる日光例弊使街道、そして会津西街道にもある。
総延長は35.41kmにおよび、世界最長の並木道としてギネスブックにも登録されているそうだ。
この杉並木を作った人物は、家康、秀忠、家光の三代に仕えた松平正綱だ。
杉並木の入り口に、彼の偉業を刻む「並木寄進碑」がある。
紀州から取り寄せた杉の苗木を、寛永2年(1625)から20年以上の歳月をかけて植樹したという。その数1万6千本。
日光東照宮に勝るとも劣らない、後世に伝えるべき世界遺産だ。

ここから先は車両通行止めの写真ここから先は車両通行止め
こちらも新たに車両通行止めとなった写真こちらも新たに車両通行止めとなった

近年、杉並木は、車の排ガス・振動による損傷や老朽化が著しく、2018年の調査では、7割の木が「衰退・やや衰退」または「ほぼ枯死」と判定されている。
車両通行止めの区間も日を増すごとに増えていく。

日が落ちた写真日が落ちた

時刻は5:30pm、辺りはすっかり暗くなり、ライトを照らしながら進んでいく。
樹高40mほどにもなる巨樹の並木道は、日中でさえ迫力があるのに、これが夜となると、神や魔物の領域に足を踏み入れるかのようで心が圧倒される。
けれど、この暗闇を克服できれば、またひとつ自由を手に入れることができるだろう。
思い切ってライトを消してみた。
視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚さえも、総動員されているのがわかる。
そのうち夜目が利くようになると、恐怖もしだいに薄らいできた。
不思議なもので、明かりはないのに、以前よりも暗くはない。
恐怖が暗さを創り出してもいるのだ。

野球に興じていた少年たちの写真野球に興じていた少年たち
ひたすら並木道を歩く写真ひたすら並木道を歩く
すっかり暗くなってしまった写真すっかり暗くなってしまった

東武日光線の高架をくぐる写真東武日光線の高架をくぐる
小倉歩道橋交差点から下今市駅へと向かう写真小倉歩道橋交差点から下今市駅へと向かう
下今市駅から宿へと向かう写真下今市駅から宿へと向かう

遠くに光が見える。
東武日光線の高架をくぐり、明かりのある元の世界に戻った。
時刻は6:00pm、小倉歩道橋から並木道を外れ、下今市駅まで歩いた。
そこから東武日光線の電車に乗って今日の宿へと向かうのだ。
6:00amに宇都宮のホテルを出てからここまで所要12時間、歩行数54,000歩、距離にして41km。
日光街道歩き旅・第4日目が終わる。
明日はいよいよ最終日。
いったいどんな気持ちで今回の旅を終えるだろうか。
早くも旅の終わりの淋しさを覚えながら、東武線の電車に乗り込んだ。

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