【東北復幸漫歩 第4回】みちびと紀行~相馬街道を往く 東北復幸漫歩~歩くことで見えるコト~
阿武隈山地に向かって、西へ
県道34号相馬浪江線を南下していくと、南相馬市に入った。
大きなため池が右手に見えてきて、その先の交差点を右に入ると、相馬街道は、県道268号草野大倉鹿島線につながる道となって、真野川に沿って阿武隈山地の方向に続いていく。
このあたり、ため池と水路を多く見かけた。
調べてみると、二宮尊徳の「御仕法」の復興事業によって改修・整備されたものだった。
水を管理できれば、米が増産できる。
米が増産できれば、人口が増える。そして、産業が栄える。
街道に沿ってちほらと「報徳◯◯◯◯君」と書かれた石碑を見かけた。
きっと御仕法の事業に貢献した人々を記憶するためのものだろう。
今見ている箱庭のような里の温かな風景は、こうした人々が作ってきたのだ。
歩いているうちに雲が流れて青空が見えてきた。
右手に大きな赤い鳥居が見えてきて、「葉山神社」と書いてある。
「葉山」は、羽山、端山、麓山とも書かれて、里近くの山のことを指すらしい。
山には祖先の霊が集い、里の子孫の暮らしを見守っていると考えられている。
作神(さくがみ)という農業の保護神と同一視されていて、春の農耕が始まる4月上旬に田んぼに下りてきて、秋、10月8日に里人に送られて山に帰っていく。
都会にいると忘れがちな、祖先と子孫との縦糸のつながりを、ここに来て思い起こされた。
その先には、蔵を改造したなんとも古風な郵便局があった。
「栃窪簡易郵便局」という木製の看板が、その趣を増している。
20年前に、「山の郵便配達」という中国映画を観たことがあって、出した手紙がきちんと宛先に届くということが、人びとの信頼と責任感、そして愛情によって成り立つものだということをしみじみと考えさせられた。
この郵便局からは、どれだけ多くの真心のこもった手紙が届けられたのだろう。
さらに先を歩いていくと、「栃窪検断所跡」に着いた。
「検断」とは、中世の日本において、警察・治安維持・刑事裁判に関わる行為・権限・職務を意味する言葉だ。
調べてみると、どうやら運ばれてきた塩荷を馬の背から一旦降ろして、ここで「荷物改め」が行われていたようだ。
昼前に塩荷が着けば、荷物を改めた後で、配下の人夫が荷を付け替えて、この先の八木沢峠に出立することができたが、それより遅くに着いた場合は、ここにあった塩倉に一時保管して、早朝になってから出発しなければならなかったらしい。
どこまで融通が効かせられたかは、役人次第といったところか。
こんな馬子唄が残っている。
「栃窪けんだ(検断)で昼飯喰えば、八木沢峠は夜になる」
時刻は11:20am、自分もそろそろ急ごうか。
澄んだ青空が広がって、その下をひとり、にんまりしながら歩いていく。
人には全く出会わなかったけれど、道の脇のモニュメントが、人の気配を感じさせてくれて安心する。
やがて、「助之観音堂」という案内標識が見えてきた。
八木沢峠にある観音堂のことだ。
ここで県道268号草野大倉鹿島線と別れ、いよいよ相馬街道最大の難所、八木沢峠に向かうのだ。
真野川を渡って進むと、もうひとつ検断所の跡があった。
「上栃窪検断所跡」と案内柱に書かれている。
先ほどの「栃窪検断所跡」との役割分担がよくわからなかったが、塩を運ぶことにそれほどの厳重な管理がなされたということが驚きだった。
いったい塩というものは、それほど貴重だったのだろうか。
調べてみたら、昔の塩の値段がわかった。
文政5年(1822年)当時、塩一升で37文という値段で、米一升では31文だったというから、米よりも塩の方が高価だったのだ。
思えば、サラリーマンの給料を意味する「サラリー(salary)」の語原は、古代ローマ時代に兵士に与えられた塩を意味するラテン語から来ているから、塩は古くから貴重だったのだ。
ただ、塩が人間の体にとって不可欠だということは理解するが、そんなに大量の塩を摂取しなければならないわけではないだろう。いったいどこに需要があるのか。
さらに調べてみて合点がいった。
塩は、食料を貯蔵するために不可欠だったのだ。
冷蔵庫も防腐剤もない時代、昔の人々の生の食料の貯蔵法は、日干し、燻製、そして塩漬けだった。
今の日本では想像もつかないほど飢餓にさらされていた時代、塩は、命の糧を貯蔵していざというときに備える重要な役割をもっていた。
そして、岩塩に乏しい日本では、塩は海から運ばれ、山の民の命を支えていたのだ。
この時、僕はようやく、いま歩いている「塩の道」が、どれだけ大切なルートだったのかを理解し始めた。
「助之観音堂」という古ぼけた道しるべが、山奥を示す。
「栃窪けんだ(検断)で昼飯喰えば、八木沢峠は夜になる」という馬子唄が気になりだした。
無事に峠の向こうにたどり着けるだろうか。
時刻は11:45am、まだまだ日は高い。
ぽっかりと抜けた青空の下を、少し急ぎ足で歩いていった。
筆:渡辺マサヲ