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みちびと紀行~北国街道を往く(信濃追分、小諸) みちびと紀行 【第1回】

分去れの写真追分の「分去れ」。右は北國街道左は中山道

北国街道を歩いてみたくなった。
信濃路の追分にある街道の分岐点「分去れ(わかされ)」。
「右は越後へ行く北の道、左は木曽へ行く中山道」、夭折の詩人立原道造の「夏の旅」の一節だ。
僕が辿ってきた道は、いつも決まって左の中山道だった。
右に別の道が続いていることを気には掛けていても、京都まで続いている中山道の、「ゴールデン・ルート」然とした存在感の前では、左に歩みを進めていくことに一片の疑いも生じなかった。
ただ、今回は違った。
少し大袈裟かも知れないけれど、この分岐点を別方向に行けば、また違った人生に出会うのかも知れない。
そんなちょっとした冒険心が僕の旅心をくすぐった。
そう、この街道を辿って北に向かおうと…。

浅間山麓の田切地形の写真浅間山麓の田切地形。両岸が垂直に削られて谷になっている。水田の緑がまぶしい。
信濃追分駅の写真旅のスタートは、のどかな無人駅 しなのおいわけ

一昨日、長い梅雨が明けた。
むせ返るような草の匂いと、名も知らぬ虫たちの鳴き声が響く、朝の10時過ぎ、僕は信濃追分駅に降り立った。
今回は、この高原の無人駅から、僕の街道歩きの旅が始まる。

停車場道の写真木漏れ日が気持ちいい、みち旅の醍醐味。

瀟洒な別荘が立ち並ぶ停車場道は、森を貫いてまっすぐ中山道に達している。
名だたる避暑地とはいえ、すれ違う人はいない。
並木のひんやりとした空気が僕を包み込む。

青空文庫の写真追分宿の青空文庫。本は旅の必潤品だ。

ほどなく、追分宿にたどり着く。
この宿場の通りには、木箱の中にそれぞれ20冊ほどの本を収めた青空文庫が点在する。
読みたい本があれば自由に取り出せるし、気に入ったものがあれば、自分の本を差し出して、その身代わりに持ち帰り、蔵書にできる。
僕は、旅に本と酒は欠かせない、と思っている。
中山道を歩く時は、ここを通るたびに、木箱の中身が気になって確認していた。
でも今回は既に旅のお供を連れてきている。
島崎藤村の「千曲川のスケッチ」だ。

北国街道は、加賀藩などが使った参勤交代の道であり、善光寺や戸隠に行く信仰の道であり、さらに佐渡から江戸市中に金を運ぶ金の道であった。
この街道ルートの約3割は、千曲川沿いにある。

浅間山の写真浅間に夏が来た。
平原一里塚跡の写真平原一里塚跡。野仏に手を合わせる。

追分から小諸までの道すがら、ずっと望めるはずの浅間山は、残念ながら夏雲に覆われていた。
北国街道は初めて通る道だけれど、標識がところどころ整備されているお陰で、あまり迷わずに済む。
くねりながら続く旧街道特有の道筋と、街道脇の道祖神や馬頭観音、一里塚が、往時の面影を今に伝えている。

小諸にたどり着いたのは午後3時。
カンカン照りの中で、十分な日除け対策、こまめな水分補給、適度な休息、それら全てをしっかりとやったのだけれど、シャツには塩が吹き出して、どうにもこうにも不快でたまらない。
商家の街並みをそぞろ歩き、島崎藤村が、妻や子供たちと6年間暮らした旧居跡を訪ね、小諸城の大手門を見る頃には、僕の頭の中は、温泉と生ビールへの欲求で占められてしまった。
そして僕は、今宵の宿、中棚荘にたどり着く。
千曲川のスケッチにも描かれている、温泉のある老舗旅館で、僕はそのご褒美にありついた。

中棚荘は明治31年に創業、今年で創業122年だ。
小諸義塾の校長で、島崎藤村を教師に招いた木村熊二が、中棚付近の湧水で遊んでいた子供たちの切り傷の治りが早いことに気づき、温泉を掘ることを勧めたと、文献には書かれている。
現在の当主、富岡直希さんで6代目だ。

シャルドネ御牧の写真シャルドネ「MIMAKI」。爽やかな香りと味わいが広がる。

中棚荘では、自家製のワインを供している。
先代の当主、富岡正樹さんが、2002年から御牧ケ原でシャルドネの栽培を始めた。その後、試行錯誤を重ねて、メルロー、ピノ・ノワール、ソーヴィニヨンを植栽、遂には、2018年に自社ワイナリーを作り上げた。
老舗旅館の暖簾を守り継いでいくことだけでなく、新たな世界に挑んでいく、人物の大きさと若々しさを思う。

僕はここで、「御牧(MIMAKI)」というシャルドネをいただくことにした。
草原色のボトルに、キラキラと優しい光を放つ白ワイン。
「風薫る」と、季語が浮かぶ。
爽やかな、大地の味わいだった。

翌朝、このワインを作っている、中棚荘のご当主の弟、富岡隼人さんに会いに、御牧ケ原へ向かった。

「御牧(みまき)」とは、天皇の勅旨によって開発された馬の牧場を指す。
信濃には、平安時代に東国に開発された32の御牧のうち、16もの牧があり、年間80頭の軍馬を朝廷へ納めていた。
信濃の歴史を語るのに、この御牧を抜きには語れない。
信濃御牧の牧監とも伝えられる滋野氏、それに連なる滋野三家と呼ばれる海野氏、根津氏、望月氏、そして、そこから家系が繋がる真田氏。
これら名族が、この千曲川一帯を軍馬によって守り、治めた。
涼やかな風が吹き渡っていく御牧ケ原の地に立つと、遠き過去からこの地はこのままであり続け、草木や生き物を育んできたのだろうと思う。

僕を待っていたのは、がっしりした体格の、どこか遠くを見つめているような青年だった。
この、僕より20歳も若い人物に、僕は静かに圧倒されることになる。

中棚荘:URL https://nakadanasou.com/

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