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猫ちゃん
しのだひろえの歩っとタイム Vol.35

歩いて見つける、楽しくて幸せな瞬間~森鴎外の歩いた道③~

湯島や御徒町で甘いものをたっぷり買い込んで気分がいい昼下がり。ここから森鴎外にゆかりある日本橋へと足を運ぼう。

萬世橋を鴎外と歩く

秋葉原の写真

御徒町から日本橋を目指して歩く。ふと気がつけば音楽や呼び込みの声が大きくなってきて街並みが変わる。そう、秋葉原だ。

萬世橋の写真

秋葉原と言えば萬世橋(万世橋)。橋のすぐ横には旧万世橋駅の遺構を利用して商業施設もつくられている。

千代田区観光協会サイトによると「最初は明治17(1884)年に架けられた木橋で「昌平橋」と呼ばれ、その後、「新万世橋」⇒「万世橋」と名称を替えました。明治36(1903)年にほぼ現在の位置に架けられましたが、関東大震災で被害を受け、昭和5年に長さ26m、幅36mのRC造アーチ橋が完成しました。(原文まま)」とある。明治17年といえば、鴎外22歳。ちょうどドイツ留学に向かった年だが、明治36年には鴎外41歳だから今の萬世橋でないとしても、ほぼ同じ橋を歩いているということ。鴎外が見た景色と同じ景色を見れるというわけだ。

鴎外お気に入りの日本橋へ

日本橋の写真

秋葉原から神田を抜け、いよいよ日本橋へ。鴎外にとっても日本橋はお気に入りの場所だったようで、鴎外の日記には家族との買い物や観劇に訪れたことが記されている。ドイツ留学経験もあり食通で外食も好んだ鴎外のこと。華やかな日本橋はきっと楽しかったことだろう。

日本橋三越の写真

日本橋といえば、日本橋三越を思い浮かべる人も多いだろう。この日本橋三越と鴎外には意外な関わりがある。

1905(明治38)年に三越が人々の嗜好向上と販売拡大を図る目的で結成した『流行研究会』に、鴎外は新渡戸稲造、巌谷小波らとともに、会員として招聘され参加しているのだ。
また、三越は今日で言うところのPR誌『時好』、『三越』を発行し、鴎外は『時好』に詩「三越」を、『三越』には「さへづり」や「田楽豆腐」などを寄稿している。

さらには、1913(大正2)年に『三越』が募集した懸賞文芸作品の小説部門の選者も務めるなど、文学者として鴎外は関わっているのだ。

好きな街の好きな店に好きなことで関われるなんて、いいじゃん。鴎外もきっと喜んで参加していたことだろう。

ときめきが生まれる瞬間

日本橋三越のライオン像の写真

こうして鴎外をテーマに歩いているわけだが、街を歩けば驚くような発見ばかりだ。正直鴎外そっちのけで、新しい発見とテーマに惹き付けられてしまうこともあるし、夢中になりすぎて我を見失うことだってある。例えば日本橋三越のライオン像は「気品と勇気と度量」の象徴。来店されるお客様の守護神。そして「必勝祈願の像」として誰にもみられずに背にまたがると念願がかなうと言い伝えられているのだという。なるほど!これはいい話を知ったぞっ。

日本橋三越のライオン像の写真2

周りからはただ歩いているように見えるだろうが、私は鴎外と散歩しているしライオン像の発見でウキウキしている。今この瞬間、楽しくて幸せなのだ。ささやかながらときめきと幸せを感じるこの瞬間が、歩くことの恩恵なのかもしれない。ね、鴎外くん。

<出典>

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